昭和三十年代の前半、あちこちに事業所が増えつつあった松下電器の急成長時代のことである。ある営業所長が、幸之助に、自分のところは新しい職場で、いろいろなところから人をまわしてもらっているが、どうもいい人が来ない、役に立たない人が多くて困っているという話をした。

 それを聞いた幸之助はこう言った。

 

 「新しい職場の責任者はたいへんやろ。けどな、松下電器の社員には役に立たない人はおらんはずやで。もともと、そんな人を採用しているつもりはない。きみは劣る人ばかりで困ると言うが、もし、そういう人があれば、その人を引き立てて、その能力が最大限に発揮できるようにすることを考えるのが責任者の役目やないか。それを新しい職場だから来る人がみなよくない人だ、と決めつけてしまっては、きみ、いかんやないか」