昭和三十八年九月、ニューヨークで国際科学経営管理協議会(CIOS)主催の第十三回国際経営会議が、世界各国から三千人に及ぶ学者、実業人などを集めて開かれた。この会議に招かれた幸之助は、「私の経営哲学」と題して講演した。

 

 その講演のなかで幸之助は、いわゆる過当競争の弊害がいかに大きいかを強調し、「正常な競争は大いにやらなければならないが、過当競争は罪悪である。だからお互いになんとかしてこれをなくすようにしなければならない」と訴えた。

 

 講演後の質疑応答で、聴衆の一人がこう反論してきた。
 「松下さん、いまあなたは、過当競争は罪悪である、だからそれをやめなければいけないと言ったけれども、私は過当競争は永久になくならないと思う。というのは、人間というものには欲がある。一万ドル儲ければ二万ドル儲けたい、二万ドル儲ければ三万ドル儲けたい。これが人間の本性だ。その本性があるかぎり、過当競争をなくそうと言ってもそれは無理だと思う。もし過当競争がなくなるのであれば、私はあなたのお国へ行って、靴を脱いでお辞儀をしますよ」

 

 幸之助はこう応じた。
 「いま伺っていると、あなたは、過当競争はなくならないという前提でお話ししておられる。確かにそれも一つの見方ですが、私はお互いが、過当競争は罪悪である、だからそういうことはしてはならんと深く決心する、ことごとくの人がそう考えれば、直ちに過当競争はなくなると思います。
 きょうの会議も、どうすればよりよき経営、正しい経営を実現できるか、お互いの知恵を集めて考え、検討しようというものだと思いますが、その会議に出席しておられるあなたご自身が、初めからそうお考えになっているのでは、これはもうおっしゃるとおり、過当競争はなくならんでしょう。
 いや、どうも議論をするつもりはないんですが……、あいすみません」

 

 やわらかい表現のなかにも、そこには幸之助の経営者としての固い信念、強い願いがこめられていた。