商売を始めてまもないころ、幸之助は当時つくっていた二灯用差し込みプラグを東京でも売りたいと考えた。
そこで、それまで一度も行ったことのない東京へ出かけ、地図を片手に一日中問屋をめぐり歩いた。
初めて訪問する問屋で、大阪から持ってきた商品を見てもらう。
「いかがでしょうか。売っていただきたいのですが」
問屋は商品を手にし、それをためつすがめつじっくりと調べてから、幸之助の顔を見て言った。
「きみ、これはいくらで売るのかね」
「原価が二十銭かかっていますので、二十五銭で買っていただきたいのです」
「二十五銭か。それなら別に高くはない。高くはないけれども、きみは東京で初めて売り出すのだろう。そうであれば、やはり少しは勉強しなければならないよ。二十三銭にしたまえ」
こう言われて幸之助は、“東京での販路をぜひ開拓したいし、初めて東京に売りに来たことでもある。だから、この要望にこたえよう”と思った。しかしつぎの瞬間、そうさせないものが心に働いて、こう答えていた。
「原価は二十銭ですから、二十三銭にできないことはありません。しかし、ご主人、この商品は私を含めて従業員がほんとうに朝から晩まで熱心に働いてつくったものです。原価も決して高くついていません。むしろ世間一般に比べれば相当安いはずです。ですから、二十五銭という価格も決して高くはない、むしろ安いと思うのです。
もちろん、ご主人が見られて、この商品は値段が高いから売れないだろうと考えられるのであれば、それはしかたがありません。しかし、そうではなくて、これで売れると思われるのであれば、どうかこの値段でお買いあげください」
じっと聞いていた問屋の主人は、
「よしわかった、きみがそこまで考えているのなら、二十五銭で買うことにしよう。もちろんこの値段は高くはない。これで十分売れると思う」
と言って、持っていった商品を値引きなしの言い値で買ってくれた。