幸之助が初めてソケットを考案製造したときのことである。ソケットをつくりはしたが、いわばまったくの素人、それをいくらで売っていいかがわからない。
そこで幸之助は、さっそく、できたソケットをふろしきにくるんで、ある問屋を訪れた。
「実は私のところでこういうものをつくったんです。お宅で扱っていただけませんでしょうか」
問屋はソケットを手に取って、いろいろ吟味する。
「いかがでしょう」
「うん、ええやろ。うちで売ってあげよう。ところで、いったいいくらやねん」
幸之助は適当な値段を言いたいところであったが、言えなかった。いくらで売ればよいものか、それがわからないのだからしかたがない。それで正直に話した。
「実は、いくらで売ったらいいものか、私にはわからんのです」
「わからんでは商売にならんで」
「もちろん原価はわかっとるんですが......」
「なるほど、原価がそれくらいなら、このくらいの値段で売ったらええな」
問屋がソロバンを置きながら考えてくれる。なかには、世間の相場を考慮して、値段を考えてくれる問屋まであった。
幸之助が商売を始めた当初は、こうした姿のくり返しであった。