世に“習うより慣れよ”という言葉がありますが、こういう場合にはこういうように商売する、ああいう場合にはああいうように商売するというように、こと細かに教科書をもって教えられたのではございません。ある場合には親方に叱られ、ある場合には親方に横づらを張られるということもございました。今からみると、人権問題が起こるということでありますが、そのときはそういう問題は起こりませんでした。「あ、痛いな」と、こう言ってさわるくらいですな。しかし、その間にもまた得がたい教訓というものが、頭の中に植えこまれるわけであります。そういう鍛錬といえば鍛錬でございましょう。そういう鍛錬を受けつつ育ってまいりましたところに、商売のコツとでも申しますか、そういうものが知らず識らず身についたのだと私は思うのであります。
『松下幸之助発言集11』(1964)