前回は、"社員が社名を決めた会社"を取材したが、今回は"社員が「クレド」(経営理念)を決めた会社"をレポートする。滋賀県大津市内で高齢者デイサービス施設を経営するニューワンズ株式会社だ。経営コンサルティング会社のサラリーマンから独立し、父親の介護経験をきっかけに畑違いの介護業界に参入した新庄一範社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)。人=利用者と従業員双方の幸せを追求する中で、社員全員でのクレドづくりに取り組むに至った。要介護者がますます増える今後の日本に夢と希望を見出したクレドとは――。

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
地域で「いちばん大切にしたい会社」が手掛ける介護サービスとは――前編

「滋賀でいちばん大切にしたい会社」

ニューワンズ株式会社は民家を活用した高齢者介護施設「真情(まごころ)デイ・サービス」を経営している。滋賀県大津市内に七施設と、東京に三施設。民家を改修した定員一〇〜一八名の小規模な施設のため、まるで自宅にいるような雰囲気がある。基本は日中利用のデイサービスだが、一〇施設のうち六施設は二十四時間営業で、泊まりのサービスも提供している。

また、これからの認知症社会を見据えて、認知症予防・改善のプログラムを導入するなど、独自のサービスが目を引く。それらの積み重ねが他社との差別化になり、滋賀県中小企業家同友会が認定・表彰する二〇一七年度「滋賀でいちばん大切にしたい会社」を受賞した。

社長で創業者の新庄一範さんは、「田舎に行けば行くほど、デイサービスの送迎車が家に来るのを嫌がるんです」と介護の実態を語る。「自分の父親や母親を介護するのはお嫁さんの仕事だという認識があるんでしょうね。お嫁さんがその仕事を放棄していると近所の人から言われるのが嫌なのだと思います。でも、お嫁さんや家族はものすごく疲れています」。

同社の送迎車には、施設名が書かれていない。まるで親戚の人がどこかに遊びに連れていく感覚で、軽乗用車が送迎する。もちろん送迎が頻繁になれば、近所の人も介護施設の車なのだと気づく。しかし、「介護サービスを使いやすいように、最初のハードルを低くしておくことが肝心」と、家族が初めの一歩を踏み出しやすいように気を配っている。

「介護は大変です。寝たきりになると下の世話をしなければならない。認知症になると急に怒り出したり、夜中に起きて勝手に出ていくこともある。そのたびに大騒ぎになり、警察から電話がかかってくる。家族だけでは限界があるのです。だから我慢しないで、介護の制度を上手に使ってほしい」

気持ちと現実のギャップを埋めてあげる

そう話す新庄さんも、同社の創業と前後するように介護に直面した。
「私の父は、普通に生活していたある日、突然倒れました。病院に運ばれそのまま入院。そして退院した時には右半身がマヒし、できないことが増えていた。介護が必要になる方の中には、私の父のように、全く知らない世界が急に襲ってくる人も多くいらっしゃるのです」

突きつけられる現実。まず、病気になった本人が、その現実を受け入れられない。もう一度以前のように元気になりたいのに身体が利かない。それがストレスになり、まわりにもストレスを与える。新庄さんは、「気持ちと現実との折り合いをつけるのに時間がかかる。そのギャップを埋めてあげられるのが介護施設なのだと思います」と"橋渡し"の役割を示す。

介護施設のいいところは、初めて来た日の状態をスタートとしてとらえ、その状態を少しでもよくしていこうとする点だと新庄さんは言う。トイレに行けない、ご飯も自分で食べられない。家族にとってはマイナスの状態を施設ではゼロととらえ、そこからプラスを積み重ねていく。

「介護施設のスタッフは、出会った最初の状態から、『三歩歩けるようになりましたね』『お箸もちゃんと使えるようになりましたね』と、できるようになったことを一つひとつ認めることができる。そこに喜びを感じられる。だから本人も嬉しいんです」

介護が必要な人は自信をなくしていると新庄さんは言う。自信を取り戻すためには、再びできるようになったことを認める。それが自信の回復につながっていく。
しかし、なかには介護が必要にもかかわらず、本人が頑として介護施設の利用を拒否するケースもある。自分はまだまだ元気、年寄り扱いしてもらっては困ると言う高齢者は、思いのほか多い。新庄さんはそういう人の家族に、「一番親しい関係の人、例えばお嫁さんや娘さんから『私のために行って』と頼んでみてください」とアドバイスする。本人のために行くのではなく、仕事や家事に追われる家族のために出かけてね、という言い方をすると、親子関係が良好な場合には、うまくいくことがあるという。

松下幸之助経営塾資料

1+1+1=∞(無限大)

新庄さんは京都市生まれ。父親が転勤族のため、小学校と中学校で何度か転校を経験している。「中学・高校時代はいろいろうまくいかなくて。特に高校入試と大学入試で失敗した」と振り返る。大学の入学式をわくわくもせずに迎えたが、大学で入部したグリークラブ(男声合唱団)での経験が新庄さんを変える。

「グリークラブの勧誘の声掛けが、『一緒に日本一にならないか』だったんです。私はその頃挫折感でいっぱいの人生だったので、日本一など考えたこともなかった。自分にそんなことができるとは思っていなかったんです」

が、その言葉に惹かれて見学に行った。当時、団員は約一〇〇人。話を聞いてみると、新庄さんが入学する二年前までの九年間、全日本合唱コンクールで金賞を取り続けていたという。それが前年、銀賞に落ちた。先輩たちは本気で日本一を取り戻すつもりだった。

経験者はごくわずかで、大半が大学に入ってから歌い始めていた。それで日本一になっている。不思議な世界だな、もしかしたら自分にも何かできるかもしれない、と思い、新庄さんは入部を決めた。練習時間は毎日四、五時間。伝統と言われる夏の合宿は、十泊十一日で毎日十時間歌い続ける。「初めて参加する一年生は、その厳しさに何人か逃亡するんですよ(笑)」。新庄さんは、日本一を目指して四年間打ち込んだ。果たしてその結果は――。

「四年間、毎年金賞を取り続けました。振り返って思うと、自分一人の力はたいしたことはない。でも、1+1+1=∞です。いい指導者と素晴らしいリーダーのもとに、力を合わせて、まさに衆知を集めればできないことなどない。グリークラブでの金賞は、個人競技のように自分だけの力でつかむ優勝とは少し違う。学生時代にそんなことを経験させてもらいました」

効率重視の介護施設の現実に恐怖感

卒業後は、中小企業向けの経営コンサルティング会社に入社。そこでは銀行や信用金庫の取引先である中小企業を組織化し、様々な情報を提供したり、経営相談にのりながら企業をサポートしていた。十四年間在籍したその会社に入ったのには理由がある。

「その会社は、"四十歳までに独立したい企業家を求む"と謳い、企業家輩出機関を標榜していました。それまでの私はなかなかうまくいかない人生でしたが、経営者になるというところに憧れた。振り返ると長時間労働もあって大変でしたが、経営者には休みもなければ昼も夜もない。とにかくできるまでやるのみ。そこでは多くのことを勉強させてもらいました」

三十四歳の時、スティーブン・R・コヴィー博士の考えにもとづく「7つの習慣」という研修を受講し、自分を変革させるほどの大きな影響を受けた。個人としてのミッションを持つことの大切さに目覚めたのだ。自分は何のためにこの世に生まれてきたのか?一生をかけて成し遂げたいものとは何か?最期を迎えた時、まわりから何と言われていたいか?これらの問いに真剣に向き合い、最終的に次のミッションを導き出した。

「私の人生の目的は、全ての人々に夢と笑顔を与えるために自分を高め続けることである」
以後一貫して生きる指針になっているという。

そうして二〇〇九年に独立したが、この時はまだ介護事業を主軸にするとは決めていなかった。ただ、それまで企業を対象にする仕事に従事していたのに対し、今度は自分の目の前でお客様が商品やサービスを買って喜んでくださる姿を直接感じられる仕事がしたいと思った。

独立を決意した時、新庄さんの父は認知症を発症しており、新庄さんも父親に付いてデイサービスに行く機会があった。そこで介護の世界の現実を目の当たりにする。

「そこは定員が三〇人から五〇人程度の中規模の介護施設でした。利用者の入浴時間は決まっていて、大きな浴槽に二〇人が次々に入る。服を脱いでもらい、身体を洗って、浴槽につかって、出たら身体を拭いて......いわば流れ作業です。別の施設では浴槽の横に砂時計が置かれていました。砂が落ちたら出てね、というわけです。入浴は清潔のためももちろんありますが、リラックスや一日の疲れを癒すためでもあるはずです。三分間つかって、ハイ終了。電子レンジじゃないんだから、と思いました」

しかし、施設で働いている人たちにとっては、二〇人全員をお風呂に入れるのが仕事。入らない人がいる状態は、仕事を完遂していないことになる。ならば、いかに効率的に入ってもらうか。砂時計を置いて時間を区切るしかない。介護施設の人たちに悪気はない。彼らはただまじめに仕事をしているだけ、仕組みに問題があるのだと、新庄さんは思った。

夜のおむつ交換もそうだ。多くの利用者がいる中、夜勤のスタッフはごくわずか。全員のナースコールに対応していたら、トイレの介助は追いつかない。おむつを使ってもらって、スタッフのタイミングで交換するしかない。食事もしかり。三十分間の食事時間に食べ終えてもらわないといけない。しかし、食べ物を一つひとつ口に運んであげる食事介助は一見親切に見えるが、これを続けていたら、その人はその後一人で食べることができなくなる。

介護施設を運営するためには効率性が重要。しかし、効率性を重視すると、人間は弱っていく。新庄さんはそれを見て、恐怖感を覚えた。

衆知を集め、従業員満足と利用者の"希望"を追求(後編) へつづく

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