前回は、"社員が社名を決めた会社"を取材したが、今回は"社員が「クレド」(経営理念)を決めた会社"をレポートする。滋賀県大津市内で高齢者デイサービス施設を経営するニューワンズ株式会社だ。経営コンサルティング会社のサラリーマンから独立し、父親の介護経験をきっかけに畑違いの介護業界に参入した新庄一範社長(「松下幸之助経営塾」卒塾生)。人=利用者と従業員双方の幸せを追求する中で、社員全員でのクレドづくりに取り組むに至った。要介護者がますます増える今後の日本に夢と希望を見出したクレドとは――。

衆知を集め、従業員満足と利用者の"希望"を追求(前編) のつづき

経営セミナー松下幸之助経営塾

<実践! 幸之助哲学>
地域で「いちばん大切にしたい会社」が手掛ける介護サービスとは――後編

小規模施設で"普通"の生活を

そんな時、知り合いが民家を借りて一〇人定員のデイサービスをやっていると聞き、新庄さんは見学に行く。その施設は利用者五人までの泊まりサービスもやっていた。夜間、スタッフが一人でも、利用者五人までならトイレの付き添いも可能だ。食事も自分で食べられる間は自分で箸やスプーンを持って食べてもらう。民家なのでお風呂は小さいが、一人ひとりに気のすむまで入ってもらえる。新庄さんは言う。

「当たり前に見えるこの状況が、当時の介護施設では普通でなかったのです。だから"普通"のことをやったら、利用者から選ばれるはずだと思いました。そして、そこに"サービス"を少しつけたら、もっとよくなる。これは事業としてうまくいくのではないかと思いました」

新庄さんは前職で培ったスキルを活かし、事業を検証してみた。「定員一〇人の施設だから、月に三十日で三〇〇人。一人週二、三回利用するとして、月平均一〇回来られる人が三〇人いたらもう上限。車で送迎できる範囲に三〇人のお客様がいればいい。飲食店だと三〇人の客しか来なければ完全に赤字だが介護施設ならいける。これなら自分にもできる」と確信した。

しかも「自分は介護は素人だが、幸か不幸か親父が認知症になり、目の前で介護を必要としている。その親父の言うことを聞いたら、必要なことが何かがわかる。介護事業は初めてだが家族の気持ちはよくわかる」。介護を必要とする父の気持ち、そばで支える母のつらそうな姿。そんな両親がいたからこそ、素人でも介護事業を立ち上げることができたと新庄さんは話す。

二〇〇九年四月、独立から三カ月後に、ニューワンズ株式会社を設立した。社名には、「毎日、昨日とは違う『新しいこと(=NEW)』に挑戦し、それらを『ひとつずつ(=ONES)』積み上げ、一歩一歩成長・進化し続ける集団」でありたいという願いを込めた。

社員全員の思いを集めたクレドをつくる

「真情(まごころ)デイ・サービス」は大津市内に七施設。それぞれが近いエリア内にあり、いちばん離れている施設間でも車で約一時間の距離だ。新庄さんは小さなエリアに複数の施設を配置するほうがメリットが大きいと考えた。

デイサービスは人手がかかる仕事。一施設だと急にスタッフが休むと穴埋めができない。しかし近い場所に七施設もあると、お互いに声をかけ合える。例えば、スタッフがインフルエンザにかかり一週間休まなければならない事態になったら、施設長が全施設に応援を要請し、施設間で人を融通し合う。さらに、同じ敷地内で隣接しているところでは、事業所は別扱いでも、食事の準備や送迎が一緒にできる。

しかし創業して一年になる頃、ある幹部から言われた。「施設が少ないうちは社長に直接指示を仰げますが、これから増えていくと無理ですよ。拠り所となる指針が要ります」。

この一言で、新庄さんは「クレド」と呼ばれる経営理念をつくる必要性を痛感した。前職のコンサルティング会社では、経営理念が大事だとクライアントに話していたが、自分自身がその重要性を実はわかっていなかったと、この時初めて気づいた。社員が判断に迷った時、何を拠り所にするのか。事業をしていると、経営者自身も判断に迷うケースが発生する。そんな時、「クレドにこう書いてあるよね」と、判断の基準になるものがあるといい。

半年間、約百時間をかけて、パートを含む約三〇人の従業員とともにクレドをつくった。二週間に一度のペースで会議を持ち、同社で大事にしている言葉を出し合い、気持ちのこもったクレドにした。

最初は大変だった。「社長、現場のこと知っていますか。問題だらけですよ。理念とか言ってる場合じゃない」と言われ、クレドづくりは受け入れられなかったという。そこで新庄さんはまず、今、皆が何に困っているかを出してもらうことにした。

三施設の代表二人ずつを集め、各施設のよい点と改善点を出してもらった。すると、改善点が山ほど出てきた。それを一施設ごとに丁寧に話し合う。すぐに改善できるもの、一年以内に着手できるもの、さらに仕組みとして考える必要のあるものに分けた。すぐできるものはすぐに取り掛かり、中長期のものは方針を示した。そして二週間後は次の施設について話し合う。これを繰り返した。

一カ月たった頃だろうか。新庄さんの本気が社員たちに伝わった。「社長は本気で理念をつくりたいんだなと思ってくれて、受け入れ態勢が整ったんです。その時がタイミングでした」。

皆で出し合ったキーワードをまとめながら、クレドの作成に向けて会議を進めていく。初めは新庄さんがファシリテーター(進行役)を務めたが、終盤の三、四回だけ、その役を外部のコンサルタントに任せた。「クレドは社員全員でつくりたかったんです。自分は介護現場の素人。でも、立場は社長。最後に私が『こうしよう』と言うと、半年間かけて積み上げてきたものを、結局社長が決めたとなる。それが嫌でした」。外部のコンサルタントに会議を任せ、社員の意見を取りまとめてもらった。そうしてできあがったのが同社のクレドである。

判断に迷った時はこれを読み、自分たちでどうしたらいいか考える。「定着するまでに少し時間がかかったが、つくってよかった」と新庄さんは言う。クレドを理解して業務に向き合う社員が、着実に幹部に育ってきているからだ。

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畳敷きのアットホームな施設内でゆったりと過ごす

松下幸之助経営塾資料

事業をやるからには収益を出す

新庄さんは二〇一六年に松下幸之助経営塾で学んだ。松下幸之助のことはそれまでもすごい人だと知ってはいたが、教えにあらためて触れることで、気づくことがたくさんあった。

「会社経営では適正利潤を上げなければならない。そのためには、まずお客様に喜んでもらい、また来てもらうという循環が必要だと再認識しました。会社が繁栄すると従業員も豊かになり、お客様にも喜んでもらえる。企業経営は世の中のためになるのだと教えてもらいました」

儲けだけではいけないが、儲からないのもいけない。だが、介護の世界は極端だと新庄さんは言う。

「現場の介護職から独立した経営者の中には、利用者のことより経営効率重視の既存施設のやり方が嫌だったという人がいる。一方で、介護保険法が施行された二〇〇〇年以降には、介護分野は儲かるらしいと異分野から参入してきた人もいる。どちらも両極端で、長く続かないことが多いのです。志があり、なおかつお金の勘定もできる。そういうバランスのいい人が経営する会社が最後は残ると個人的には思います」

一方で、従業員の満足と幸せも追求する。「滋賀でいちばん大切にしたい会社」に選ばれた時は、社員の八割以上が「この会社で働けてよかった」と答えている。大津市が募集した二〇一六年度Otsuスマート・オフィス宣言では、「仕事と子育ての両立を支援し、女性の活躍を応援します」を掲げ、夏休みに子供を職場に連れてきたり、出産後に赤ちゃんを連れてきたりして働ける環境をつくった。

社員教育にも力を入れる。クレドにもとづくミーティングや、月刊誌『PHP』を読んで学ぶ勉強会などで従業員の成長と幸せを目指す。

認知症を「希望」に変える!

ニューワンズを始めた時、新庄さんは前職の会社の社長の言葉を思い出した。「中小企業の社長が地域の人に、尊敬の念を持って『社長さん』とさんづけで呼ばれるのはなぜだと思う?それは、地域に雇用を生み出して、地域の経済に貢献しているからだよ」。この言葉が心に残っている。それ以来、事業をやるなら一人でも多く雇用を生み出したい、そして働く人が幸せになれる会社にしたいと思い続けている。

介護はこれからますます大きな問題になる。なかでも新庄さんは認知症に関心を寄せる。日本には今、四〇〇万人以上の認知症の人がいて、予備軍と言われる人もいる。そういう人たちにも希望を持って生きてほしいと言う。

同社のクレドの中には、「認知症を『希望』に変える」という一文がある。新庄さんはその先に「認知症ゼロ社会」の実現まで踏み込みたいと考えている。今は研究が進み、「認知症も生活習慣病の一つとして予防できる」という報告もある。そんな世の中に貢献するのが夢だと語る。

「それができるようになるためには、私自身がもっと影響力を持たなければなりません。事業所を増やし、より多くの人に価値を届けなければならないと思っています」

新庄さんの父は幸い、新庄さんを息子として認識したまま亡くなっていった。家族のことがわからなくなって亡くなるのは悲しい。そんな思いもあり、同社では創業時から、読み書きや簡単な計算を取り入れた学習療法を導入している。早い段階で認知症とわかれば、改善していくことも不可能ではないと言われている。

最近ではカナダのバンクーバーで認知症予防教室をやっている人の手伝いをしている。縁のあった人たちとつながりながら、活動を広げていく。そのためにも、認知症予防の活動ができる経営者やリーダーを育てていかなければならない。

「一人でできることには限りがある。でも、グリークラブのように、指揮者にあたるリーダーがたくさん出てきたらいい。介護の分野で足りていないのは、経営のことがわかるリーダー。様々な事業領域の人たちと連携しながら、そんな人たちを増やしていくのが私の使命だと思っています」

(おわり)

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