松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。松下幸之助の直弟子や、すぐれた経営理念によっていま活躍中の経営者ら、一流の講師陣による講話も魅力のひとつです。今回は、大竹美喜氏(アフラック〈アメリカンファミリー生命保険会社〉創業者・最高顧問)の特別講話の要旨をご紹介します。

 

松下幸之助経営塾 講義再録 人間教育が社会を変える

人をつくることが経営の根本

本日一五名の皆さんが一堂に会して学ぶことは、たいへんよいことだと思います。なぜなら生涯よい友として成長し合えるからです。私自身もそうしたさまざまな方からご指導をいただいて、今日を迎えることができたのです。
 
私はアフラックの社長退任後、二つの分野に注力してきました。一つは「人づくり・人材育成」、もう一つは、「医療」です。約二十年にわたり、勉強会を開いたり、日本の医療制度改革を提言したりしてまいりました。多くの大学で顧問や経営委員を務め、特別講義を受け持つとともに、公務員の研修、将来の社長を育てるリーダー養成塾も手がけてきました。
 
のちほど詳しくお話ししますが、松下幸之助さんの教えを韓国で実現し地方自治の再生に成功した、長城郡の元郡守(首長)に金興植氏という方がいます。金氏は松下さんの言う「人づくりは国づくり」を実際にやってみせた方です。私はその成功事例を日本で紹介したく『株式会社長城郡』の日本語訳の出版(『奇跡を呼びこむ、人』悠雲舎、二〇一〇年)にも携わりました。
 
さて、企業経営とは、松下幸之助さんがおっしゃっていたように「人づくり」なのだと思います。
 
私は一九七四年、アフラック日本社を創業しました。しかし私は、創業前に一度もサラリーマンだった経験がありません。人と組織について何で学んだかというと、本を読んで独学したのです。同時に、当時大学生の就職情報誌を発行していた会社として最先端を行っていたリクルートがどんな経営をしているのか参考にしようと思いました。当時のリクルートは、すごく楽しそうな会社でした。自由奔放で活気に満ちあふれていました。そこで同社のすばらしい方式をまっ先に取り入れました。
 
しかしそのころの当社は無名の会社だったので、新卒の学生が応募してくれませんでした。人材が集まらないと人づくりはできないのに、応募がない。こういう苦しみを味わいました。
 
優秀な男子学生が集まってくれないので、一流大学から優秀な女性を採用しました。女子学生は当時就職難でしたから、渡りに船でした。当社の最初の十五年間は、女性によって築かれたと言っても過言ではないのです。
いい人が集まってくれれば、いい教育ができます。日本においても、まったく同じことが言えます。人づくりが国づくりなのです。

 

人づくりを失った日本

一九六〇年池田勇人内閣が発足し、所得倍増計画が打ち出され、またたくまに日本は経済大国へとのし上がっていきました。日本は一九七〇年まで、他国の物真似をしてきました。お手本が欧米先進国にあり、これを真似ていればビジネスができました。
 
なぜ日本はここまで繁栄したのか。第二次大戦後まもなく、北朝鮮と韓国のあいだで朝鮮戦争が起きました。そのとき特需が発生し、日本は一気に稼いだのです。アメリカは最前線基地である日本に、特許を無償で使わせてくれるなど、投資をすることもなくお金儲もうけをさせてくれました。それが戦後日本の基礎となったわけです。アメリカには、いまだに「日本は自分たちがつくった」という感覚があります。そんな状況が戦後続いてきたのが、今の日本なのです。
 
さて、問題はこれから先です。日本は今後どう生きていくか。非常にむずかしい話です。バブルが崩壊して二十年以上たっても、この国ではまだ国家戦略ができていません。
 
私が六歳のとき、日本は敗戦を迎えました。食べるものも着るものもない、廃墟の中から立ち上がりました。ですが、その後の復興と成長の中で経済最優先で来てしまったために、いちばん大切なものを失ってしまったのです。つまり、「人づくり」をやらなかったのです。
私は前日銀総裁の会合に出席することで、二カ月に一回はお会いして情報交換していましたが、前総裁は、日銀の金融政策で日本経済を立て直すことは不可能だと言っていました。
 
では、何によって日本を再生するのか。それは「イノベーション」です。新産業をおこし、雇用を創出していくしかない。未来学者が言うには、二〇三〇年、現存ビジネスの六〇パーセントが消失しています。しかしこれは、六〇パーセントの新ビジネスが誕生することを意味しています。
 
これまでは、一部の企業や政治家、官僚らが、既得権益を失うまいと、自分たちに都合のいいルールをつくってこの国を縛ってきました。だから新しいビジネスが参入できなかったのです。ベンチャーの中で生き残っているのは、楽天の三木谷浩史さんやファーストリテイリングの柳井正さんなどごく一部です。両社とも大きく成長し、全世界にマーケットを拡大していますが、そんな例は数えるほどしかない。大問題です。ああいう人が千人、一万人いないと、この国はよくならない。
 
大量生産・大量消費の時代はとっくに終わっています。ASEAN(東南アジア諸国連合)や中国、インドなどでは、現在のビジネスモデルで十分成功するかもしれませんが、日本国内ではマーケットは萎縮していきますからむずかしいでしょう。
 
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年11・12月号より
 
経営セミナー 松下幸之助経営塾