松下幸之助経営塾」は、松下幸之助の経営哲学を学ぶための、経営者・後継経営者を対象にした公開セミナー。今回は、松下電器元副社長・佐久間曻二氏の特別講話の要旨をご紹介します。

 

商売の本質を松下幸之助から学ぶ(1)からのつづき

 

松下幸之助経営塾 講義再録

取引先と惚れあうには

欧州にたつ前に、当時副社長の髙橋荒太郎さんにもあいさつに伺いました。荒太郎さんは、相談役の考え方を教え説く第一の教師ともいうべき方です。「欧州で愛される会社になってくれ」という言葉を頂戴しました。そして、それを実現するための心がまえを三つ、教えていただきました。
 
一つ目は、欧州の業界の慣習や秩序を尊重すること。二つ目は、欧州のトップメーカーと同じ価格で販売すること。安値で売るな、ということです。三つ目は、現金取引。海外で手形による取引をすると、不渡りがよくあることを荒太郎さんは知っていたのです。
 
相談役には「七対三ではダメだ」、荒太郎さんには「高い値段をつけろ」とか「現金取引しろ」とか言われるし、そんなに手かせ足かせかけられたらかなわないと思いながら、ハンブルグに向かったのを覚えています。
 
一年がたったころ、相談役がオランダのフィリップス本社を訪問され、そのあとハンブルグにもおみえになりました。当時の欧州駐在員十三人もハンブルグに集まり、会議を行いました。
 
われわれは相談役に、「もっとちゃんと売らんかい」としかられるものかと思っていたのですが、相談役は意外にも「すまんな。ナショナルの商品、負けとるな。きみらに迷惑かけとるな」と述べられ、「三年の時間をくれないか。その間に負けないような商品をつくる」と話されました。
ところが、それで終わらないのが相談役。「その前に、販売網ちゃんとつくってくれんか」と言われたのです。相談役ご自身が、勝てるような商品の製造が三年後だとおっしゃったのに、どうやって販売網をつくるのか。
 
当時ハンブルグ松下電器常務の森三千男さんが早速、「売れる商品がないのに、どうして販売網ができますか」と質問しました。すると相談役は、「売れるものはあるで」と返答されたのです。「松下の経営理念を売ってくれや。松下の経営理念を仕入れてもらってくれや」。
 
そのときみんな、あっけにとられたのを覚えています。販売網というのは、目に見えて、値段がついて、働きの説明できる商品によりつくりあげていくものだと思っていましたから。でも、経営理念は目に見えないし、値段のつけようもない。森さんと私と、そして同じハンブルグ松下の取締役であった工樂誠之助さんと河勝重美さんの四人で、どうしたものかと話しあいました。
 
それで、このように考えたのです。仮に商品があったとしても、商売が長期的に安定するとはかぎらない。価格を低く設定しても、他社がさらに価格を下げてくるかもしれないし、商品の質をよくしても、他社がさらによい商品を売り出すかもしれないからです。したがって、商売を安定させるには、商品のほかに必要なものがある。それが経営理念だと解釈したのです。
 
商売を長続きさせるには、取引先と、男女のように惚れあうことではないでしょうか。それぞれの考え方に共鳴して結ばれあう。考え方というのは、企業でいえば、経営理念に相当するわけです。そういう発想でわれわれは、販売網の構築に乗り出していきました。
 

「BS的商売」を実践する

フィリップス松下電池がベルギーで製造するナショナル単一乾電池の販売価格を検討することになりました。当時のドイツでは、ファルタとダイモンという国内メーカーの電池が最も人気が高く、価格は当時の日本円に換算して一六〇円。一方、格安の電池として六〇円の香港製があり、日本製は一二〇円と、中間くらいでした。
 
先に述べた髙橋荒太郎さんのアドバイスに従えば、現地のトップメーカーと同じ価格、つまり一六〇円としなければならない。しかし、今度はフィリップスの電池とも競争しなければならず、荒太郎さんに「一四五円にしたい」と申し上げたところ、案の定、叱しかられました。私はそこで、自分の意見を通そうと、「小売店に、ファルタより一〇パーセント上乗せしたマージンをつけるようにする」などいろいろ訴えると、荒太郎さんが言ったのです。
 
「きみの話を聞いていると、すべて安売りにつながる。そんな商売をしていたらあかん。きみの発想は、PL的や(P/L=損益計算書)。商売は、BS的な発想でやれ(B/S=貸借対照表)。資産に残ることにおカネを使え。見えざる資産でもええ」
 
それからというもの、BSに残る、つまり資産として残る売り方とはどのようなものかと考えていたところ、ある朝早く、たまたま外に出てみたら、「フレッシュ・ディーンスト(Fresh Dienst)」と車体に書かれたバンを見かけました。直訳すると、「新鮮なサービス」。とれたての卵を毎朝スーパーに届けているとのことです。
 
「これは使えるかもしれない」とひらめきました。そのころ、松下の電池の卸がファルタの電池も扱っており、売るのに楽な後者ばかり力を入れているのが実情でした。そこで、卸と松下が費用を折半して、ナショナルのロゴの入ったナショナルカラー(かつての松下電器製品の販売・営業用車両のデザイン)のバンを用意し、セールスマンを一名雇い、ハンブルグ市内を回ってもらうことにしたのです。そうすれば、ナショナルのブランドを知ってもらえるし、卸は松下の電池を売らざるをえない。
 
すると、ナショナルの存在感がしだいに高まってくるのが分かり、結局ナショナルカラーのバンを八台用意し、それぞれの卸に利用してもらいました。その結果、多くの小売店から、「松下は常に新しい電池を専属のセールスマンが届けてくれる」と認知してもらえるようになりました。つまり、松下に対する信頼という、目に見えない資産ができたように感じたのです。これが、私なりに解釈し、実践した「BS的商売」でした。
 
◆「PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年5・6月号より
 
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