数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。「松下幸之助経営塾」塾生の泉屋酒販における事業・理念継承事例をご紹介します。
◆「 酒文化の創造と伝承で人と地域を幸せにする(3) ~理念継承 わが社の場合 」からのつづき
酒文化伝承の使命に燃える
現在、福岡県南地域を中心に事業を展開する泉屋酒販の取引先は、北は博多や北九州、南は熊本県の八代にまでおよぶ。各地に支店や営業所があるのかと思えば、それらは一カ所も開設していない。支店を出すと理念が徹底しない恐れがあるから、というのがその理由だ。
泉屋酒販では、毎朝八時から全社員が参加して朝礼が行われる。「創業の精神、経営理念は、掲げているだけではダメで、日ごろの仕事の中で社員一人ひとりが実践してはじめて意味がある」という軍太さんの考え方によるものだ。支店開設で移動に時間とコストは削減できたとしても、創業の精神を忘れては本末転倒である――これが泉屋酒販の姿勢なのである。
二〇〇五(平成十七)年、創業五十年の節目に軍太さんの長男の土師康博さんが社長を継いだ。次男の正記さんは専務として兄を支えている。軍太さんが両親の働く姿から学んだように、康博さんと正記さんも父・軍太さんの背中を見ながら仕事への姿勢を身につけてきた。
「泉屋酒販がこれまで大きくブレることなくやってこられたのは、創業精神を大切にしてきたからです。だから何よりもまず人を大切にしなければなりません。仕事の最前線ではさまざまな苦労があります。それらを日々すべて受け止めて対応している社員さんに対して、トップは感謝の気持ちを忘れてはいけないと思います」
と語るのは社長の康博さん。毎日、仕事を終えて家に帰る社員を見送ってから、みずからも会社を後にすることを心がけているという。
専務の正記さんも、「社員さんが仕事に生きがいを見出し、輝くような職場になれば、それが自分の幸せです」と言う。理念研修やコーチングを積極的に導入し、泉屋の創業精神を日々の仕事に生かせるように心を砕くだいている。
泉屋酒販が扱っているのは、お酒という「モノ」ではなく、お酒という「文化」である。モノとしてのお酒を売ると、結局は安値競争になり、お酒の価値をみずから下げることになる。本物の価値を知り、お酒の夢やロマンを語れることが、いま自分たちに必要だと正記さんたちは感じている。
五十周年の際に新築移転した現在の本社三階には「イズミヤホール」があり、試飲会や各種イベントで多くのお客様にお酒を体験してもらうスペースになっている。一階の店舗には、九州のこだわりの本格焼酎、高品質の米と水で丁寧てい ねいに仕込まれた純米の日本酒、酸化防止剤の入っていない自然派ワインなど、良質のお酒を嗜たしなむ人にはたまらない商品が並ぶ。泉屋酒販が長年、酒蔵や生産者のもとへ足を運び、関係を密にしてきたからこそ可能になった品揃えである。
お酒は人生を愉たのしくし、人とのコミュニケーションを豊かに深めてくれるものである(人間味における効用)。「百薬の長」とも言われるように、適量のお酒は健康にもよい(生命いのちの輝きにおける効用)。泉屋酒販は、これからも人の幸せにつながるお酒の飲み方、売り方を提案していくつもりだ。お酒という文化を伝承するために精魂を注ぐ使命感と気概が伝わってきた。
(おわり)
◆『PHP松下幸之助塾』2015.1-2より