【理念継承 わが社の場合】数々の困難を乗り越えて発展させてきた会社をだれにどう引き継ぐのか。松下幸之助経営塾塾生の「事業継承(承継)」事例~鷲見製材をご紹介します。

 

ひだまりのような温もりを住まいに(1)からの続き

 

理念継承 わが社の場合

「鷲見製材」から「ひだまりほーむ」へ

ところが、熱い思いはあっても、現実はなかなか思うようには運ばない。地域のためを思って設立した長良川ウッド協同組合も、加盟企業はいずれも中小・零細企業だから、景気が悪くなると自社の経営を優先せざるをえない。このままでは、森の循環が成立しなくなり、ますます郡上の森が危うくなってしまう。
 
隆夫さんは、地元の木材を世の中にもっと使ってもらうためには、自分で売るしかないのではないかと思い至る。こうして鷲見製材は、平成十年(一九九八)九月に住宅事業部を創設する。郡上の山を守るために、そこで生産される木に付加価値をつけて販売する、その手段として必要なのは住宅会社だと結論づけたのである。
 
木材を加工して建設会社に納める仕事をしてきた鷲見製材が、家を建てたいという一般消費者を相手にビジネスをするというのだから、非常に思い切った一歩を踏み出したことになる。経験もノウハウも何もないところからのスタートだった。しかし、この一歩は、やがて鷲見製材の事業内容を大きく変容させるきっかけになった。
 
住宅事業を推進するうえで大きな役割を果たすのが、のちに四代目社長に就任する石橋常つね行ゆきさんの入社である。
石橋さんは、それまで富山にあるハウスメーカーの営業マンだった。その会社で、隆夫さんの長女・明世さんと出会い、平成十一(一九九九)年十一月、結婚を機に鷲見製材に転職してきたのだった。
 
初めて隆夫さんと出会った日、石橋さんは「白鳥マザーランドプラン」について熱く語る隆夫さんの姿に心を打たれた。隆夫さんが、住宅事業というものを「よい家を建ててお客様に満足してもらう」というだけではなく、郡上の森を守り、郡上の文化を継承していくという次元でとらえていることが伝わってきたからだ。これは、ハウスメーカーで住宅販売の実績を積んできたこれまでの石橋さんにはない発想だった。
 
そういうスケールで仕事をするのもいいんじゃないか――鷲見製材の住宅事業部はまだ立ち上がったばかりで、道筋が見えていない。住宅販売のノウハウがない鷲見製材にとって、ハウスメーカーで経験を積んだ自分は、役に立つことがあるのかもしれない。そんな思いを携えて、石橋さんは富山から岐阜へとやってきた。
 
鷲見製材が建てる住宅は、石橋さんの想像を超えるものだった。存在感のある大黒柱、美しい木肌を見せる柱や梁、足裏から自然の温もりが伝わる天然無垢材の床……前職で販売してきたツーバイフォー工法の住宅とはまったく別物であることを知る。この家こそ、隆夫さんの「郡上の森と文化を守りたい」という思いが形になったものと思われた。
 
「この住宅を売ることが、自分の使命だ」
石橋さんは心を決めた。そして、木の家の温かなイメージを伝え、住む人の幸せを願って、住宅事業部に「ひだまりほーむ」という名前をつけたのだった。
 
しかしながら、扱うものはすばらしくても、これまで一般のお客様とは接点がなかった鷲見製材には顧客意識に欠ける面があり、石橋さんから見ると、あいさつや電話応対といった入り口からしてなっていない。会社組織としても未熟なところがあり、稟議や決裁などを書面で通すというような形式もなかった。そういったビジネスの基本から整える必要があった。
 
また、隆夫さんは熱い思いを持っているものの、それを言葉にまとめたりはしていない。決断したことは、言葉で説明するというよりも、自分から率先して行動で示すタイプだった。常に身近にいる人間だけなら、それでも以心伝心で方針は伝わったのかもしれないが、住宅事業の拡大を見据えた今後の展開を考えると、それだけでは足りない。石橋さんは、あるときは言葉で、あるときは行動によって、隆夫さんとの問答・やりとりをくり返し、隆夫さんが掲げる理念の真意や方向性を理解するように努めた。
 
隆夫さんは製材、石橋さんは住宅販売と、二人は歩んできた事業領域が異なる。結果的に、お互いに自然な形で役割分担ができていたのかもしれない。石橋さんは、建築や設計の知識を新しく身につけながら、住宅事業についてはほぼ任される形で事業の基礎を固めていった。そして、平成二十二(二〇一〇)年九月、石橋さんが四代目社長に就任し、隆夫さんは会長となる。
 
それを契機に、経営理念の策定に着手。二年あまりをかけて、「企業使命」と五つの要素を列記した「経営理念」が完成する。これは、隆夫さんが長年持ち続けてきた思いを、石橋さんが言葉という目に見えるものにした成果だといえる。こうして鷲見製材は、ふるさとの木を通して、文化を継承し、人と社会の幸せに貢献するための羅針盤を得たのである。
 
ひだまりのような温もりを住まいに(3)へ続く
◆『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2013年5・6月号より
 
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