マイクロホンの研究開発を担当していたある社員の夢は、NHKの「紅白歌合戦」でナショナルのマイクロホンを使ってもらうことであったが、十年に及ぶ努力が実を結んで、ある年、ついに自分が開発したマイクロホンが採用されることになった。
 それでも、ほんとうに使ってもらえるのかどうか、直前まで心配で心配でたまらない。十二月三十一日の午後のリハーサルで、紅白のリボンがマイクロホンに付けられるに及んでようやく確信をもった社員は、そのときになって初めて幸之助の秘書に電話をかけた。

 「今晩、『紅白歌合戦』にナショナルのマイクロホンが出ますから、ぜひ見てくださいと、そうお伝えください」

 するとしばらくたって、秘書から電話が入った。

 「あなたの言われたことを申しあげたところ非常に喜ばれて、『必ず今晩は見るから、私が見ているということを彼に伝えてほしい』と、そうおっしゃっています。あなたの電話番号を調べるのには苦労しましたよ」