経営

ネコとネズミ――経営の姿勢〈4〉

 戦後の復興に取り組んでいたころ、松下電器が五十万本の真空管の月産に成功して、当時、真空管メーカーではトップであったT社の四十五万本を五万本上回って日本一となったことがあった。

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初めての東京出張――経営の姿勢〈3〉

 商売を始めてまもないころ、幸之助は当時つくっていた二灯用差し込みプラグを東京でも売りたいと考えた。  そこで、それまで一度も行ったことのない東京へ出かけ、地図を片手に一日中

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「産業人の使命」を知った日――経営の姿勢〈2〉

 昭和四年の未曾有の不況を乗り切ってから三年、松下電器は順調な歩みを見せていた。店員約二百人、工員約千人。事業分野も、配線器具、電熱器、ランプ・乾電池、ラジオの四部門、製造品目

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経営者の孤独――経営の姿勢〈1〉

 戦後まもなくの話である。松下電器には個性の強い社員が多かったが、そのなかに仕事はできるが、非常に気性が激しく、喧嘩早い者がいた。    ある日、いつもの喧嘩相手