幸之助は、忙しいスケジュールのあいまをぬって、十日か二週間に一回は散髪することにしていたが、これには一つのきっかけがあった。

 

 昭和三十年ごろ、東京銀座のある理髪店に行ったときのことである。三十七、八歳の店員が幸之助の頭を刈りながらこう言った。

 

 「お見受けするところ、松下さんには、もっと頭髪を大事にして、常にどんな刈り方がいいか、どんな髪型が似合うか、自分で研究していただかなければいけないように思いますね」
 「どうしてでっか」
 「銀座の四丁目には、松下さんの会社のネオン塔がありますね。松下さんの頭は、言ってみればそれ以上に大切なあなたの会社の看板です。ですから、お客さんがあなたの頭をご覧になって、あなたの会社の製品を買う気がしないというような気分にならないように、常に十分な手入れをしていただかなければ……」