昭和四十年。二月から新販売体制をスタートさせることになった松下電器の各地区営業所長は、販売会社、販売店の理解を得るために奔走していた。
いよいよスタートも間近というある日、四国の営業所長のもとに、営業本部長から電話が入った。
「四国のご販売店のなかでお一人、猛烈に反対されている方があるやないか。実はその人から電話があったのや」
営業所長は答えた。「まあ、そういう人もいますが、解決するのも時間の問題と思っております。ご安心ください」
そのとき急に、営業本部長に代わって幸之助が電話口に出た。
「これは社運を賭しての仕事だから、一人でも反対があればやってはならないとぼくは思う。きみも、先方によくお話をして、わかっていただけるまではやらないと、そういう気持ちでやってほしい。まあ、一週間かかろうが、一カ月かかろうが、とにかくわかってもらえるまで、きみ、話さんとあかんで」
営業所長が時計を見ると、五時半であった。今からなら六時の汽車に間にあう。
「これからさっそく先方へ行ってお話ししてきます」
「そうか、そら結構なことや。ぜひひとつ頼むで」
反対している人からの電話に、すぐに営業所長を差し向けた幸之助の、また遅い時間にもかかわらず、その日のうちに出向いていった営業所長の熱意が伝わって、その後三回の懇談を経て、猛烈な反対者は頼もしい協力者に変わった。