昭和十三年ごろのことである。

 毎日のように工場と事務所を巡回していた幸之助が、ある青年社員に声をかけた。

 

 「きみ、その仕事は何をやっているのかね」

 「はい、これは販売統計表です」

 「その統計表は何のためのものかね」

 青年は答えられなかった。

 

 「だれから指示されたのかね」

 「主任です」

 

 幸之助は主任を呼び、尋ねた。

 「この統計表は何のためのものかね」

 主任も的確な回答ができなかった。幸之助は、

 「仕事をする場合、あるいは仕事を指示する場合には、必ず目的をはっきりさせていなければいかんよ」

 

 のちに幹部となった社員の入社二カ月目の思い出である。