ラジオがどんどん小型になり、その競争が激しく展開されていたころの話である。ラジオ事業部の事業部長と技術責任者が、開発中の超薄型ラジオを持って幸之助を訪ねた。ラジオの大きさは名刺の二倍くらいであったが、厚みが一センチもなかった。
幸之助は、それを手に取り、「これはいいな。これだったら百万台以上売れるな」と言いながら、スイッチを入れた。音楽が鳴りだしたが、音があまりよくなかった。
「きみ、音がよくないな」
「はい、なにぶんスピーカーを薄くしなければなりませんから。これはしかたがないんです」
幸之助の顔色が変わった。
「あのな、ラジオというものはな、音を聴くもんや。スピーカーを薄くしたのは松下電器やが、そのために音が割れたり、悪くなるというのはお客さんに関係ないことや。基本の性能を落としたらなんにもならん。われわれが大事なのは、どこまでも、ラジオを楽しみたい人に満足を与えることなんや」