京都東山山麓の真々庵、現在はパナソニックグループの迎賓館になっているが、もとは幸之助の別邸で、昭和三十六年から四十二年までPHP研究所の本拠でもあったところである。ここに幸之助はよくお客を招いた。そんなとき、幸之助は、お客が訪ねてくる予定時間の二時間くらい前に真々庵に着き、準備をしている社員に細かく指示をした。
庭に打ち水を打つときは、お客様が来られたときに玉砂利や苔がまだ十分に濡れているように、何分前に水を打てばいいかタイミングをよく計るように。またお客様にどのようなコースで歩いていただくか、みずから庭を歩きながら検討し、いちいち、「きみ、ここで止まって、こういう説明をしたらええな」と打ち合わせる。
下検分は庭から座敷に入ってからも続く。
「きみ、座布団が曲がっとる」
幸之助は、座布団が並べられた端に立って、「何番目が出すぎている」「何番目が引っ込んでいる」といちいち指示をする。さらには、「きみ、その座布団が裏返しや」「そっちは前後ろが逆や」と、座布団に裏表、前後ろがあるのを知らない若い社員に指示する。
「きみ、灰皿もゆがんでいるな」
確かに、よく見ればまっすぐにはなっていなかった。社員が並べ直すと、幸之助はようやくにっこりとして言った。
「うん、これでええ。これでええ」