松下幸之助 経営とその人生

相手に合わせた配慮を――おもてなしの心(9)

 松下電器が京都の料亭に全国の得意先を招き、宴席を設けたときのこと。当日、会場の準備をしていたある社員は、下見に来た松下幸之助にこんなことを言われたそうです。  「ご飯の盛り

松下幸之助 経営とその人生

いかに心地よく過ごしてもらうか――おもてなしの心(8)

 松下幸之助はお客様を迎えたとき、何より相手に心地よく和やかなひとときを過ごしてもらいたいと願っていました。そして、そうした雰囲気をつくりだすための濃やかな慮りを、実にさりげな

松下幸之助 経営とその人生

慣例や形式にとらわれない――おもてなしの心(7)

 京都の真々庵に客を迎えるため、社員が庭で打ち水をしていたところ、下見に来た松下幸之助に「踏み石に水たまりがある」と注意されました。確かに座敷から庭へ出る沓脱ぎの踏み石に、水が

松下幸之助 経営とその人生

どんな相手も分け隔てなく――おもてなしの心(6)

 松下幸之助が死去した翌日、平成元年四月二十八日の新聞各紙はそのニュースを大きく報じましたが、ある新聞のコラムに、こんな一文が掲載されていました。    「大阪・

松下幸之助 経営とその人生

広く注意を行きわたらせる――おもてなしの心(5)

 松下電器の創業五十周年にあたる昭和四十三年、得意先を招待して開催された謝恩パーティーでのこと。最初に松下幸之助が乾杯の音頭をとり、続いて来賓の挨拶、そのあと特別に招かれた有名

松下幸之助 経営とその人生

お辞儀ひとつも心をこめて――おもてなしの心(4)

 松下電器の取引先に勤めていた人が、松下幸之助と初めて挨拶を交わしたときのことを次のようにふり返っています。当時、その人は平社員、幸之助はすでに“経営の神様&rdq

松下幸之助 経営とその人生

相手目線に徹する――おもてなしの心(3)

 昭和四十五年に開かれた大阪万国博覧会に、松下電器は「松下館」を出展。その建設中、松下幸之助はしばしば視察に訪れました。あるとき、幸之助は突然、下駄を持ってこさせ、それを履くと

松下幸之助 経営とその人生

礼を失してはいけない――おもてなしの心(2)

 昭和三十九年、熱海のニューフジヤホテルに全国の販売会社・代理店の社長を招いて懇談会が開かれたときのことです。前日、会場を下見した松下幸之助は、出席者が胸につけるリボンを目にし

松下幸之助 経営とその人生

念入りに、真剣に準備する――おもてなしの心(1)

 松下幸之助は、実は「おもてなし」の達人でもありました。それはどんなエピソードから窺い知ることができるのか、またそこには幸之助のどんな思いがこめられていたのか、今回から1年間に